ガラス工房 こつこつ日記

ドイツの片田舎から長野県の隅っこへお引越し。凱旋となるか、落ち武者となるかは、自分次第。ガラス加工とちょっぴり彫金。こんなのを作りました!と市中の人々に知ってほしくて、思わずパソコンに向かいました。

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パワースポット 1

 皆様、『ゼロ磁場』というものをご存知でしょうか?
 私も知らなかったのですが、去年から、チラホラと小耳にはさみ、気にはなっていたのです。何でも、『正反対の2つの磁界が均衡して一見ゼロに見える場所。でもその実大変な気のエネルギーが発生している』そうです。
その場所が、私たちの住んでいる南信州の大鹿村にあるので、これはいっとかなきゃ!ということで、先週末行ってまいりました。

 その場所の名は、『分杭峠
詳しくは、↑こちらのサイトを見てみてください。
とにかく私たちは、気とかあんまりわからない人なので、物見遊山で(スンマセン)・・・。でも、『何か体と心によいことがおこってくれるかも。』という一抹の期待もありつつ。

 大鹿村に入ると、『日本で一番美しい村』と名のっているだけあって、まあ、キレイでした。言ったもん勝ち。という話もありますが。
 そこで、『手打ちそばと水出しコーヒー。山の食堂するぎ農園』という看板をオットが見つけちゃって、お弁当を用意したにもかかわらず立ち寄ってお昼を食べました。
DSC00するぎ農園 私は、3分つき米ともちキビのゴハンに、山菜のてんぷら(大鹿村の塩つき)、蕨のお浸しや、手作りこんにゃく、おからサラダなど、どれもその土地で採れた物を使い、丁寧に作ってあって、とってもおいしかったです。食後に水出しコーヒーと、りんごのケーキまで食べて、思いのほか贅沢をしてしまい、一路分杭峠に・・・。
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ビン達

 DSC00ビン達
『工房の中にあるもの』シリーズです。
私は、ガラスを扱っていて、バーナーワークという分野を主にするに至るまでに、色々なガラスを見てきたし、実際自分でもやってきました。なので、ガラスの物を自分で買うときは、よっぽどよいか、何かのツボにはまったか。あとは、技術では出せない古いもの。

 写真のビン達は、アンティーク(100年前のもの)といわれるほど古くなくいわゆる『ジャンク』といわれるものたち。今の時代のピカピカでシュッとしたものにはない味わいがあり、私はどうもその時代のものが好きらしい。
 よくぞこれまで生きながらえて、激動の昭和をきっとどこかの隅にいたに違いない。

 写真を大きく見てもらうとわかると思いますが、歪んでいて、肉がかたよっていて、泡が入っていて・・・。マシーンで型吹きなのに・・・。ガラス職人として会社にお勤めをしているオットは、『この時代はコレでよかったんだなー。ある意味すごい』みたいな事をつぶやいていました。

金沢にて

 先日、金沢から、お子と一緒にかえってまいりました。
5日間の滞在でしたが、あれやこれやとせわしなく忙しく時は過ぎ・・・。思い残すことの多い滞在でした。

 今回の金沢。しみじみと、(当然のことですが)時は流れ、物事は変化し、人は成長し、老いるのだ。と感じました。
 作家活動においても、春を迎えいろいろな人が、様々な所で、楽しそうなことをしようと動き出している。その知らせを手に取り、心はあせり、一抹の取り残された感。『育児中でもきっと何かできることはある。土台を固めねば。』と自分を奮起しつつも、目は賑やかな方をむいてしまいます。
 しかし実は、お母さん業もおこたってはいけないのです。

 今回の金沢で、7ヶ月先輩かーさんである姉と、もうずいぶん前に2人のお子のかーさんになった友人から、ワタクシの子育て(主に着るもの全般)にダメ出しをくらいました。

『いつまでも赤ちゃんー。』みたいに思っていたら、いつの間にかうちのお子、80センチの洋服がぴったりになっていたのです。 いただいて、『まだまだ大きい』と思って大事にしまってあった服を、昨日あわてて出してきました。
 

御柱

P御柱1
 昨日は、諏訪神社で御柱でしたね。
実は、この千代でも御柱だったのです。諏訪神社が、一ノ宮で長男坊だとすると、ここ、千代の野池神社は、二ノ宮といわれ、次男坊だそうです。諏訪神社のように、柱を落とすわけではないけれど、結構な急斜面の山を、男柱と女柱の二本を、人々が引っ張っていくのです。
P御柱2
 間、時間調整のためにお休みしたり、お酒をしこたま飲んじゃったりで、『あら~』という場面もありましたが、そこはご愛嬌。
 柱が神社の鳥居をくぐるときは、笛や太鼓やラッパが鳴り響き、それなりに盛り上がりました。
P柱に乗る
 そして柱を立てるのです。このとき、柱立ての指揮をする人がはしらのさきっちょに乗っかっていて、無事建ったあかつきには、毎度おなじみ餅まきをして、スルスル降りてきて終了。という運び。

 この『餅まき』。実家金沢にはこの風習なかったのですが、ここに引っ越してきてからは、おりにつけやります。
結構みんな楽しみにしているのですが、何のことはないただの小さな餅なのです。
 が、一たびそれが撒かれると、場所を取り合い、下に落ちた餅をわれ先に奪わんと、人々が色めきたちます。
『災害時に、ヘリコプターから撒かれる配給物資の奪い合いってこんなのかー。』とおもわせます。
強くて、すばやくて、ずうずうしい人が生き残れるのか。と餅撒き一つで思いをはせてしまいました。

 オットは『俺こういうのニガテ』と早々に子供をおんぶしたまま人ごみの外にでました。あとから、『皆が池で口をパクパクしている鯉みたいだった』ですって。
 
 サテ、明日から一週間ほど、お子と金沢に帰ってきます。いきなりのようですが、前々から計画はしていたのです。けれど、私やお子が調子を崩していたり、他の予定が入ったりで。やっと今週からいって来ます。
 ブログ、アップできればアップします。

作業机

DSC00作業机
 ドイツの彫金の若師匠と、このところ頻繁にメールをやり取りする中で、『工房の写真とって見せてよ。』というので、そういえば改めて色々とってないなあ。と思い、ちょっと作業机をとってみました。

ここは、ガラスと紐、色玉を組んだり、絵付けをしたり、事務作業をしたりするスペース。

フレームをのぞくとしみじみと、『うわぁ。物で一杯』とおもいました。

場所があればある分だけ、人は物を置くものですナー・・・。

醤油の会

 去年から、お醤油作りの会というものに参加しています。

何人かでまとめて大豆、塩、麹菌を購入し、テントを張ってその中で寝かせ、月に一度天地返しをして塩を溶かして、翌年の春に絞る。
先日は、醤油作りの最初の作業『塩きり』でした。
麹と塩を混ぜるのです。

この麹が・・・。かなりパンチが効いていて、『去年おととしと、塩きりの次の日、熱が出たり頭痛した人がいた。でも、そうじゃなかった人もいるし・・・。』

 味噌の麹は、白くてぽろぽろしたものだけれど、醤油の麹は、全然違うのですね。写真、ないんです。スミマセン。
いうなれば、大豆と小麦の抹茶まみれみたいな・・・。

そしてそれを塩と混ぜるために広い場所にザーッと出しましたところ、モウモウとたちあがる菌の煙・・・。『こりゃあやばそう』
お子はちょっと遠いところであやしてもらいながら、マスクを貸してもらいつつの塩きり作業。そこに指定の量の水を入れ、かき混ぜて、寒冷紗で覆いをして、おいしくなあれと願いを込めて・・・。でめでたく作業がおわりました。

それから次の日、きました。体の節々が痛み、だるく頭痛、耳鳴り。まるで、乳腺炎にかかったときのような調子の悪さ。風邪ではないのですが、とにかく体の調子が悪くなりました。まあ、このところずっとバタバタしていたし、寝不足だし授乳中だし。で『菌に負けた』のでしょう。

 小食にして葛根湯を飲んで、水分一杯とってなるべく寝て、お風呂に入って汗をたくさんだしました。
そしてめでたく本日復帰!

古木めぐり

DSC00びはく桜
 週末に、飯田市の街中に点在する桜の古木をめぐるお花見をしました。
いろんな街に住みましたが、こんなにたくさんの桜の古木が、街中にあるのも珍しいと思います。みんな、350年から400年。最長老は、750年以上。
 上の写真は、飯田市美術博物館にある安富桜。樹齢450年以上。勢いがあって、『バリバリです!』というかんじ。DSC00黄梅院
こちらは、黄梅院というお寺に植えられている樹齢350年のベニヒガン系の枝垂桜。樹齢350年。細い道を入り、ぱっと目に飛び込んでくるのが、こちらの鮮やかな紅色。思わず『うわー』とさけんでしまいます。枝ぶりも美しく、なんとも絵になる桜です。

 色々な古木が勢ぞろいの飯田の町なか。それでも私たちのお気に入りは、こちら
DSC00ごつごつ
 樹齢750年以上。市内でもっとも古い御仁。清秀桜。花はしょぼしょぼしているのですが、幹になんともいえない風格があって、鳥居をくぐると、只者ではないオーラが!

桜めぐりの散策は、お子と一緒に3人で。しかしまだ7ヶ月の子にお花は早かったかも。半分寝ていました。後は、ちょっとおきて、おばちゃんにかまわれたり、抱っこしてグルグルしたり・・・。

墓石に思う

 ちょっとびっくりとするお題ですが、以前いわれてハッとした事。
ミュー自然美術館で展示をしていて、中のカフェでホット一息ついていたとき、見渡せる庭からかっこいい彫刻が見えて、それについてカフェの人と、『いいね』という話をしていたところ、彼女は『ああいう墓石にしたい』といいました。それを聞いて私は、なんて自然で自由なな発想だろうと思った。
 それまで、色々な生き方をして様々な物を選んできたきた人たちが、型にはまった墓石の下に納まることのほうが不自然に感じる。
 場所に限りもあるでしょうが、誰かがお墓参りをしてくれたときに、その人が選んだ何かがそこにあると、とても自然な気がする。

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