ガラス工房 こつこつ日記

ドイツの片田舎から長野県の隅っこへお引越し。凱旋となるか、落ち武者となるかは、自分次第。ガラス加工とちょっぴり彫金。こんなのを作りました!と市中の人々に知ってほしくて、思わずパソコンに向かいました。

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猫も花見


早咲き桜を活けて、おうちでお花見です。
  下で、手を上げている猫は、『豪徳寺』の招き猫です。何でも、招き猫発祥の寺だそうで、金ピカではないけれど、お顔に品があるそうです。(奴いわく)

 昨日は、『人間はなぜ抽象画を書くようになったのか』という内容の、講義を聴いてきました。大変わかりやすく面白かったです。
 具像画を書いていた頃は、いかにキャンバスの中に物や人をリアルに描くか。ということを追求してきたけれど、印象派のあたりから、絵は、絵として、その中に光や空気を描いていくようになり、だんだんと、イメージだけを描き、みるものに、自由な発想を与えてくれる・・・。

 というような内容だったと・・・。

 ガラスの学校で、デザイナーコースでした。やはり、美術や絵画、ガラスの歴史について、勉強をするのです。勉強をする前としてからでは、見方が断然違い、面白かったです。

 それについては、また今度。
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男は花?


 春なので、花を植えようと、植物やさんに行ってきました。
 お花を熱心に選ぶのは、彼の役目です。
 私は、もっぱらハーブなど、食べられるもの・・・。

こういう時いつも思い出すのは、語学学校にいた頃。
 スペイン、イタリア、アメリカ、韓国、中国、日本・・・。いろいろな国の女の人たちと話して、ひとつの結論に。

 『男の人はロマンチストで困る』

 ドイツでもそうでしたよ。お花に限ったことではありませんが・・・。

風越山



かざこし子供の森公園に行ってきました。そこのカフェに、ガラスの首飾りを置いてもらうために。はじめは、『エ。お子に?』と思いましたが、自分の子供のころを思い起こし、『いいかも。』と思いました。
 2パターン作りました。いろいろな年代層が来るそうなので、大人用と、子供用。
 スタッフの方が、おはじきみたいなペンダントトップを丁寧に一つ一つ、麻ヒモで結わえてくれました。女の子ちゃんの、『わーキレイー。』という顔が、目に見えるようです。

 ここは、いつもいろんなイベントをしていて、楽しそうです。子供の声が絶えません。大きな窯もあって、そこで、ピザを焼いたりもするのです。自分に子供がいたら、絶対つれてくるなー。と思いました。

 ああ、写真は、公園に上る階段から見た、飯田の町です。

大人の恋愛

 苦しく、出口のない恋をする、友の恋愛の話を聞いた。してあげられることは、話を聞いてあげること。 解決策はない。だって、そこに出口はないのだから。 好きになってしまったのだからしょうがない。 あとは、自分の気持ちとどう折り合いをつけるか。 ということなのだろう。

 サテ、ヨーロッパで、面白いなと思ったのは、恋愛事情。若いうちに、いろんな人と付き合っている。(人にもよるが。)もう、びっくりするぐらいあっち行ったりこっち行ったり。『ねえ。あんまりにも皆入れ替え激しくない?』と聞くと、ある子が、『だってYOSHI。物事は何でも練習が必要なんだ!』って。お見事! 笑っちゃいました。若いときにみな、親元を離れて一人暮らしをしているので寂しいのだろうと思う。 病気にはでも、気をつけてネ
 
 そして、なかなか、結婚をしない。二人の間に子供がいても、『付き合ってる』とか『パートナー』。15年ぐらい一緒にいて、お互いの両親との間を行き来していても、まだ、『付き合ってる』。
 あと、シングルマザーの多いこと。ドイツの女は強いから、バリバリ働いていますけどね。(男は何しとるんじゃ??)

 あと、年をとって、お互い一人身になると『Lebens Partner』(レーベンスパートナー)といって、壮年、老年の方が、パートナーをみつけ、同じ屋根の下で一緒に暮らしています。 下の階に、中のいい老夫婦がいて、でもよく話を聞いたら、夫婦じゃなくて、『レーベンスパートナー』ですと。やるなー。ジーちゃんバーちゃん。

 恋愛に、ドライだナーと思いました。

記事と記者

 ひとつのものに出ると、何かが展開するようで、地元新聞『信州日報』さんの取材を受けました。

 会社で仕事をしていたとき(女工として)。ドイツにいたとき(外人研修生)。など、いる状況が、特別だったせいもあり、何回か、取材を受け、いろいろな記者の方と、知り合ううちに、思ったことがあります。

 面白い記者が書く記事は、面白い。書いたものに人間性が現れる・・・。使い古された言葉かもしれませんし、当たり前のことかもしれませんが、しみじみ思ったので・・・。
 なので、新聞や、雑誌で読む面白い記事。それを書いた人は、きっと楽しい人なのだろうと、思いをはせることがあります。 

始まる


 ガラスを、ひと段落つけて、お預かりしていた石を、ネックレスに仕立てることをはじめます。
 ガラスのときは、そんなに思わないのだけれど、さすがに彫金の初めてのときは、どきどきします。その日の運勢なんかも気にしたりして・・・。
 ちなみに、この日の山羊座さんは、『12位!経験のなさから来る失敗が!用心深くことを進めて!ラッキーアイテムは、照り焼きハンバーグ☆』でした。
 悪い運勢のときは、すぐ忘れるのがコツだ。でも、忠告はありがたく受け取りました。おかげさまでいつもより用心深かったとは、思います。
 バックミュージックも、ポップスからクラシックに変えて。


無視できない



  昨日は少し、花壇の手入れをしました。
 猫の額ほどの小さなところなので、『食べれるもの植えようヨ』と提案しましたが、『ここは花だけ!畑ならどこか借りて頂戴。』といわれたので、お花ちゃんがいます。
  しかし、片隅で、ハーブを秘密栽培しています。 楽しみ・・・。

チューリップの芽の間から、植えた覚えのない芽がにょきにょき生えています。しかも、かなり丈夫そうな、只者ではない予感。 『抜いてはいけない』というオーラが、芽生えの時からもう漂っている・・・。
 
 人でもそういう人っていますよね。『大物の予感』。その人にはもう、つまらない嫉妬や、意地悪なんて歯が立たないくらいの。助けざるを得ない何かを持つ人。

 人間関係や、社会の縮図を何かに重ねることってよくあります。夫が言うには、去年の朝顔がそれだったらしい。(私はドイツにいた)
 同じ花の種から出て、条件がいいところ、悪いところ。種本来の力と、水やりと降雨のタイミング、猫によるマーキングから逃れた、運のよさ・・・。などなど。もうだめか!?と思っていた種が、後半でぐんぐん伸びたそうです。
 
 サテ、今年もどんなドラマが展開するか?!

 

ガラス学校にて

 学校で若者達と勉強していて思ったのは、競争意識が高い。ということです。学校なので、一ヶ月や二ヶ月に一度、テストをして、それと、半期に一度の大きなテストの結果の平均で、成績をつけます。

 ドイツも、1から5の数字制ですが、日本とは逆で、1がよいのです。
先生によって違いますが、小テストの結果は、みんなの前で、口頭で発表されます。たまに、一人一人呼ばれる場合がありますが、邪魔くさいのはそんなときです。

 自分の成績を聞いて、皆のところに戻ったら、皆『YOSHIいくつだった?』と聞くのです。はじめは、びっくりしました。何で人の成績聞くんや?でもここで、『ヤダ。教えない』って言うのもナー・・・。と思って、しぶしぶ教えていました。
 とにかく、自分がクラスの中で、どのポジションにいるか、誰より良いか、悪いかというのが気になるようです。
 職業訓練校でこうなのだから、進学校のギムナジウムでなんてもっとだろうなー。と思っていたものです。

 それよりも何よりも、(日本でもそうなのですが)学校での成績なんて外に出たら、関係ないんだ!(特に私のクラスは、アート系だったので)先生がいいと認めても、世間がそうとは限らないんだ!大事なのは、成績ではなく、そこで、自分が何を学んだかだ!どうやっていくかを見つけることなんだ!

と、熱く語っていました。皆も、『そのとおりだ。でも、まずいい成績とらなきゃ上に行けないんだもん。』私:『ああ。まあねー。』 (それにしても外人と比べんなよ。)とも思いながら・・・。

 皆で、酔っ払いながら、そんな話をしていたのが懐かしい今日この頃です。

納品



 水溜り騒ぎから、無事復活しました。(わたしが。)1日のすべてを、『作る』ことに費やし、どうにか製品が、耳をそろえました。 これから、光があふれる軽やかな季節になるので、ガラスたちの出番が多そうです。
 ちびっ子お香皿も出陣です。いってらっしゃい。

マイスター制度(学校にて)

 私たちが行っていた学校は、いわゆる職業学校で、そこを卒業すると、『Gesele』(ゲゼレ)=『職人になる資格』という資格をもらえるのです。
 夫は、当初理化学ガラス機器のマイスターを目指そうとしていたので、学校で、正規の生徒として入学しました。
 外国人は、普通ゲストです。ゲストは、試験を受ける必要がなく、成績も出ません。授業を選択もでき、かなりの自由が与えられます。その代わり、卒業証書がもらえません。ドイツで仕事をしようと思ったら、この、卒業証書が大変重要になるのです。

 当初は、『日本で7年も仕事をしていたのだから・・・。』いまさら学校なんて。と(私は)思っていました。が、学校に入って、正解でした(ドイツで働こうと思うのであれば)。
 どんな授業をしたかというと、国語、算数、社会、理科、ガラス加工、理論、製図という基本的なことを、1年生のときにやって、2年3年になると、もっと専門的になり、価格設定の計算、何に使われる実験器具か、化学、コンピューター製図、そして加工、加工・・・。正規の生徒というのは、これをすべて、ドイツ語でやらねばならないので、(ドイツの子供たち対象の学校なので当たり前)外国人には大変でした。
 しかし、夫は、大変がんばり、かなりいい成績でスキップまでして、2年で卒業しました。さあ、マイスター試験を受けるには、会社で働かねばなりません。

しかし、就職難のドイツで外国人が仕事を見つけるのは、大変厳しく、しかも毎年学校から、卒業生が出るので、なおいっそうです。

 半年ほど、いろいろなところをまわり、探しましたが、結局だめでした。
そのころ私は、そういうドイツに嫌気がさしていて『何さ!こんなにがんばっているのに!もういいよ。日本のほうが未来あるって!!』という気持ちでした。

 そして彼一人日本に帰ることとなり(私はまだ、1年半学校があった)、一ヶ月も経たないうちに、今の会社に、就職が決まりました。 卒業をしても、仕事がないドイツでは、皆びっくりしていました。

 

バカモノ


 ・・・ああ!やってしまった!昨日のことです。お香皿の焼付けをしようと、饅頭ガマに入れました。コントローラーが、壊れていて、直しにやっているところだったのです。でも、ちょっと急ぐし、前回手動でもできたし・・・。と、スイッチオンしました。途中まではうまくいっていましたが、間に、台所へ立ったのが運のつき。すっかり料理に没頭してしまい、気づいた時には、1000度を超えていました。(小さな窯なので、上がるスピードも速かった。)

 今日、恐る恐る窯を空けたら、水溜りがいっぱい・・・。夫:『”ながら”は駄目だよ・・・。』私:『ハイ。もう二度といたしません。』 カマが無事なことが唯一の救いです。

 数々の失敗をしたとき、師匠に言われました。『失敗はいいんだ。大事なのは、二度とやらないことだ。2度やるやつは馬鹿だ。』って・・・。

 気をつけます。

オブジェ(アップで)



 何を描いたかというと、トンボです。トンボや、蜂や蝶の羽に、美しく走る、脈や体の神経構造を、点と線で書きました。
 そのあと、針金で羽を編み、ガラスをつなぎ、本体に絡めていきました。

めでたく、3位に入賞し、ちょっとしたおこづかいもあたりました。

このあと、この玉をオランダの野外展覧会に持ち出したところ、あるオランダ人が1年後に電話してきて、めでたくお買い上げとなったのでした。

1玉で2度楽しめました!

 しかし、これは大変手間のかかるものなので、もう作ることはないでしょう。

オブジェ



  ”大きくてかっこよくて役に立たないもの”それは、たまに『オブジェ』や『アート』などと呼ばれます。
 
 これは、私が、学校に入って最初の年に、作った作品です。毎年学校では、テーマを決めて、コンテストをします。この年のテーマは、『Natur Struktur』(ナチュアーシュトルクトゥーア)”自然の仕組み”だったように思います。私は、その年は、絵付け専攻でしたので、加工室には入れず、加工専攻の夫に頼んで、マスクメロン大の網目状の玉を作ってもらいました。それに、絵付けをしました。

マイスター制度(マイスターになるためには)

日本で、『ドイツの学校で勉強しました。』というと、『あ、マイスターとか?』とよく聞かれます。イイエ。イイエ。マイスターになるのは、ドイツ人でも難しいのです。

 マイスターになれるのには、条件があります。まず、その職業の学校を、卒業すること。それから2年以上その職種の会社で働き、ボスのOKをもらって、マイスター試験を受ける。
 
 さらっと書けば、簡単そうに見えますが、まず学校に入るのも、人気のある業種は難しい。学校を卒業したあとの就職が、就職難のため、なかなか、2年も雇ってくれない。3ヶ月(今は、1年まで法律で承認)お試しで、安く使って、クビ。なんてざらです。
  無事、2年仕事をしても、なかなか、一発で難しいマイスター試験に合格するわけがないから、予備校に通います。6ヶ月から2年。その人の職種とレベルによってさまざま。このお金が高い。そしてやっとマイスター試験をすることを許可されて、試験。という運びになります。これも、すごく高い。落ちても、何度も受けれるわけではなく、確か、回数制限があった。
 
 マイスターになったからといって、仕事がじゃんじゃん来る。というわけではなく、マイスターになったら、仕事がいきなり来なくなった。とか、あと知り合いでマイスターになったら、首になった。という人がいます。理由は、マイスターを雇うと、それだけたくさん給料を払わなければいけないからです。

 なので、2代目とかで、マイスターになるヒト多いです。学校を卒業したあと、親のやっている会社、工房で働いて、親に学校のお金出してもらって、めでたくマイスター。
 もちろん、一人でバリバリがんばっている人もいますが、2代目、3代目がこういう理由で多いのも確かです。

裸祭り!?


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春うららのよいお日和。今日は、近くの川べりで、お祭りがありました。その地域の、年男の皆様が、馬やだるまのみこしを担いで、川に入る。というお祭りでした。みな、ふんどしではなく、綿でできた白い半ズボン(わかりますか?)で担いでいました。その名も、『初午(はつうま)裸祭り』かなりゆるめののんびりしたお祭りでしたが、結構人が見に来ていました。
皆ひまなんだネ。

変な配置でスイマセン。 山散歩で取れたふきのとう。今から、てんぷらにします。あぶら祭り!?

マイスター制度(学校の仕組み)

 ドイツの学校システムと、マイスター制度について、少し書こうと思います。
 
 ドイツは、日本より、学歴社会です。9歳までは、『Grundschule』(グルンドシューレ)という基礎学校で、皆同じ学校に行きますが、そこから、各々の道が、5つに分かれます。特殊学校(障害のある人たちが行く)、基幹学校(中の下?)実科学校(職業学校)、ギムナジウム(進学校)統合性学校(マイルド進学校)。大体15歳まで、そこで学び、そこから会社に就職しながら学校、職業専門学校、専門上級学校、専門ギムナジウム、ギムナジウム上級という風に19歳ごろまで進み、そこから、専門学校専門大學、大學、と進みます。
  ドイツでは、大學にいく子達は、エリートです。成績のよい(ギムナジウム)子が、専門学校や、専門ギムナジウムには行けるけれど、その逆は無理です。なので、皆、小さなころから、とりあえずギムナジウムを目指します。
 ドイツでは、パン屋になるには、パン屋の学校を、本屋になるには本屋の学校、銀行屋になるには、銀行屋の教育。アーティストになるには、美大に。と、教育がまったく分かれていて、中途から変更するには、また最初から学校に入りなおさねばなりません。
 日本のように、大学の文学部を卒業して、そのまま会社に入って畑違いのガラス職人・・・。って、ありえません。もう一度学びなおしか、臨時雇いで、安く使われるか・・・。

ドイツでは、学費はただで、(教科書などは自分で買いますが)25歳まで、各々の、出身州から、生活費が支給されます。親の収入、州の財政状態によって、額は違いますが、毎月、口座に振り込まれます。それは、皆が働き出したら、返さねばなりませんが、就職難のドイツでは、皆ぎりぎり、25歳までどこかの学校にいて、何かを学んでいます。

春の雨

 今日は雨です。雨は、嫌いではありません。長雨には参るけれど、こうやって折々に降る雨は、空気を洗い流しながら、次の季節を呼んでくる気がします。
 昨日久しぶりに近くの温泉満願成就の湯に行きました。飯田には、いい温泉がいっぱいありますが、『満願成就の湯』のお湯は、やわらかく、とろみがあって、一番のお気に入りです。建物も樹の香りがして、洞窟風呂、サウナ、露天と、いろいろ工夫しています。そして、安い・・・。こちらが心配するぐらい頻繁にサービスチケットを配っています。
 山の中にあるので、下界よりは3度~4度寒いけれど、露天風呂に入りながら深呼吸をすると、日々、甘く濃くなっていく春の空気を感じられました。

ガラス絵付け


昨日は、お香皿に絵付けをしました。 小さくて、かわいくて、役に立つものを作るのは好きです。でも、大きくてかっこよくて、役に立たないものを作るのも好きです。チイサかわいい物ばかりを作っていると、どんどん意識がミクロのほうに向かって、大きカッコイイ物を造る気持ちがなくなってしまいそうになります。それではいけないと思い、じゃあどうしよう。という話になった。自分の中で。

色ガラス


今週は、ガラス週間。ということで、ガラスの、作業机をとってみました。
私の使っているガラスは、ボロシリカットガラスというガラスです。台所用品にもある、『PAIREX』と同じ種類の耐熱性のあるガラスです。だから溶かすときも、酸素を入れます。 ガスボンベの横に、酸素ボンベがあるので、たまにびっくりされますが、大丈夫です。

 さて、このガラスの色が、厄介なのです。吹きガラスや、トンボ玉のガラスのように、色が安定していないのです。酸素の量と、加工時間によって、使用前と使用後で色が変わるのです。ガラスの中で、オーロラのような風合いを見せたり、それが魅力でもあるのですが、思い通りの色が出てくれないと、がっかりします。


 飯田は、今日もいい天気です。長野県は、縦長なので、北部と南部で、大変な温度差があります。ローカル番組の天気予報は、とてもたくさんの地域に分けられて報告されます。諏訪とか、軽井沢は、北部なので、最高温度が、8度でも、南部の飯田市は、15度だったり・・・。どちらかというと、名古屋の天気予報を見たほうが近いかも・・・。

 春になると、人の気分も一定しないのでしょうか?ラジオでそういっていました。

ドイツは、もっと顕著です。大体が、寒いドイツ。日の光が現れると、皆一様にうれしそうになります。少しでも日が照ると、『日光!日光!』と騒ぎ出し、肌を焼こうとします。・・・ブラウンは、健康的なんだって。 学校の子供たちも先生も、スーパーのレジのおばちゃんも、こっちが逆に機嫌が悪くなるほど、テンションが高くなります。
 そして、天気が悪く曇っている日は、皆どんよりしています。『どしたの?調子悪いの?』と聞くと、『うん曇っているからね。』だって!あと、『うん月曜だから』とか。 そんな理由ありか?!と最初は思いましたが、ドイツではアリみたい。

フリーマーケットで 3


 ドイツのフリーマーケットには、工具や、道具が、多かったように思います。これは、靖国神社での骨董市の映像ですが、この市で、道具を出していたのはこの店だけだったように思います。場所などもあるのでしょう。もっと町工場のある場所でのフリマはならあるかもしれません。

 彫金をする前も、フリマや骨董市は好きでよく行っていましたが、ガラスや特に彫金をするようになってからは、みる物が変わりました。前は、洋服や飾り物、かわいい不思議なものなどでしたが、今は、素材(皮、紙、木、石、銀など)や、工具、道具、に目が行くようになりました。明らかに、師匠の影響です。
 
 ステファン、マークスたちと、よく連れ立ってフリマに行きました。二人ともうずくまってみているので、何かと思ったら、銅や真ちゅうの無垢の棒、汚いなめし皮・・・。それらを、溶かしたり削ったりして、ナイフの素材として使うのだそうです。ニョキッと伸びた鹿の角なども、ナイフの柄にするというのでよく買っていました。一見壊れていそうな古い道具も、直しどころを知っていて、安値で買い、直して復活させていました。

そういうのを見ていると、古道具市のよさが、また違った味わいになってくるものです。

不思議な石を



ネックレスに仕立てて欲しいと、石をお預かりしました。ピンポンだまぐらいの大きさの、スズメバチの巣を磨いたような。
 カットをしていない原石なので、てこずるかもしれません。ただ『思い入れのあるものなので、どうしても』ということで、お預かりしました。もって帰って、夫に見せると『メノウだね。』といいました。あら。そうなんですか・・・。
 とにかく、デザイン画を数枚起こして、カスタマーに選んでもらうこととなります。

骨董市


東京2日目は靖国神社の骨董市に行って来ました。
 いろいろなお店が並んでいましたが、『掘り出し物』を見つけるには、まだまだ修行が足りません。売っている人たちも、世の中の酸いも甘いもかみ分けまくった剛の者ぞろいで一筋縄ではいきません。
 しかし、見ている分には、楽しかったです。原石のお店や、刀の鍔、江戸机、かっこいキッチュな古いバッチ・・・。こういうところには、たまに古い道具達がひょっこりあったりするのですが、さすがに朝一ではなかったので、めぼしいものは、あまりありませんでした。

 そのあと銀座で、チャリティー展を見て、久しぶりのデパート空間を楽しんでおりました。欲しいなと思っていた柳宗理 キッチンツールも売っていて、お鍋は、ちょっと高かったから、トングを買いました。ナベは、自分に褒美をあげれるときに買います。

 日本刀剣博物館にも行って、玉鋼の塊を写真にとって、ゆるゆるとかえる心の準備も整い、新宿から、4時間半バスにゆられて、チキチキの待つ(カメ的には、は我関せずでしたが。)我が家へとたどり着きました。

サテ、今回行った街を歩いていた人々の印象。

渋谷→ごった煮。何でもかんでもいい。とりあえず居る。
新宿→人は多いが、みな目的地を目指して歩いている。
日暮里→下町。生活。商売。
銀座→非日常。しゅっとして、隙ナシ!皆がんばっている感じ。

日暮里から、いきなり銀座に行って、雰囲気の差にびっくりしたけれど、渋谷に行って、そのごちゃごちゃ加減にほっとして、そんな自分に笑えました。
 人には、向き不向きの町がある。

谷中にて


土曜と日曜は、東京に行ってきました。買いたい物や行きたいところを前もってピンポイントでリストアップした、珍しく計画性のある旅でした。
 台東区は、私が昔一人暮らしをしていた、思い出深いところです。『三徳』で夫の念願だった佃煮を買いました。ここの佃煮は、甘ったるくなく、なんだか、江戸っ子好みを感じさせます。店に入ったときの山椒や醤油の香りが、記憶をかき混ぜます。
 それから、谷中の夕焼け段々まで歩いていきました。
なんだか、雑誌に夕焼け段々のお店紹介などをしていたので、ふと、行って見たくなったのです。
ころはちょうど夕焼け時刻。階段からは、きれいな夕焼けが見えました。
 次の日が休みというせいか、人が多くてびっくりしました。住んでいる人もたくさんいますが、若い旅行者や、地方から来た夫婦連れ(私達のように)、カメラを抱えた人たちなど、あまりの人ごみにびっくりしました。 
 私が住んでいたころは、(10年ぐらい前?)おしゃれな店も少なかったけれど、もうちょっとしっとりしていたような気がしました。少し路地に入り写真のような、竹細工やさんや、昔買った豆腐屋さんを見つけ、ほっとしました。

日も暮れ、ひもじくなり、歩きつかれ、町の光はにぎやかだけれど、私達は、その日の宿もまだ決めておらず、『ああ・・・。』という気持ちになりました。昔は、暗くなったら、ひょいとアパートに帰っていったのに、もうここに私の帰るところはないのだ。と切ない気持ちになりました。

そして上野までバスに乗り、ビジネスホテルをうまく見つけ、お風呂に入り、大好きな、キムチ街でおかずを買い込み、ホテルで人心地ついたころには、その切ない気持ちも回復しておりました。

都会の時間

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 この亀には、いつも『やる気』がかんじられません。大好きな果物が目の前にあっても、あくびです。野生界では到底生きていけそうにもないでしょう。
 
 週末に、ちょっと都会に行こうと思っています。そこで、ふと今、おのおのに流れる時間の密度について、思いました。同じ1時間でも、都会の1時間、田舎の1時間、証券取引所の1時間、主婦の1時間、締め切り間際の1時間、寝てばかりの亀の1時間、常に泳いでいなければならないマグロの1時間・・・。いろんな1時間があります。
 1分1秒を争って生きているわけではないのですが、いつでも、後悔のない時間をすごしたいと思っています。 
 発した言葉と、過ぎてしまった時間は、お金で買い戻すことはできないのですよ。チキチキよ。

フリーマーケットで 2

 その日は、大きなフリマの日でした。語学学校の人たち皆で、広場に行き、皆思い思いのものを見ながら、バラバラと散歩をしました。
 私と夫も最初は一緒にみて歩いていたのですが、興味の対象に割く時間の差があまりにも激しいので、いつの間にか、別々にみていました。たまに、目で探しつつ歩いていたら、ある一つのところから動いていないのです。『もしや?』と思って、そこに行って見ると、やはりCD,レコード屋さんでした。
 
 彼は、音楽が好きで、しかもクラシック、ポップス、レゲエ、ロック、その他、和洋問わず、手当たり次第に聞いて、いいと思ってしまうとすぐに買うので、引っ越す前もかなりのCDを売りに出しました。『ここで野放しにしては!キケン!』と思い、注意してみていましたが、あまりにも長い選別時間に辛抱たまらず、目を離したのが敗因でした。
 次にあったときは、ニコニコ顔で、袋を提げていました。『え?何買ったん?』と聞くと、『レコード!すごいレア物やったよ!!!』『レコード?!?レコードプレーヤーもないのに??』『うん。だから次は、プレーヤー探すの。』ガーン!!おお・・・。落ち着け自分・・・。と言い聞かせ、『で?全部でいくら?』聞くと、『3枚で50ユーロにまけてくれた!』『っ・・・!フリマに来て50ユーロって!!』と、絶句してたら、『いやでもね、クイーンのワールドニュースのイギリス版が1枚15ユーロなんて!シンジラレナイヨ』『それで他には?!』『レッドツェッペリンノベストアルバムリマスターズガナンチャラカンチャラ・・・。』  『それ全部CDでもっとるやろ?』『コレ日本で売ったらプレミアムもんだよ!』『売るの?』『ううん。自己満足!』『・・・。』

こういうようなやり取り、今でもたまにあります。
 結局そのレコードたちは、無事日本に渡り、日本で聴かれることとなったのです。

 

フリーマーケットで 1


 この、尻尾に鍵のぶら下がった豚の貯金箱は、ドイツの、フリーマーケットで買った一品です。子供が、1ユーロで売っていました。即買い!です。5月過ぎになると、毎週のように、どこかで、フリーマーケットをしています。大きなフリーマーケットになると、町に張り紙が張られ、学生達は浮き足立ちます。
 
 最初に滞在していた、REGENSBURG(レゲンスブルグ)という町は、大きすぎず小さすぎず、歴史があり、大変美しい町でした。いろいろな人が住んでいたので、フリマにも、いろいろなものが並びました。
 ただそのころの私達は、生活をするのに精一杯で、かわいらしいものや、ステキなものに、お金をさく余裕がなかったのです。そのころ買ったものは、自転車、洋服・・・。あとは、ひやかしです。欲しくなると困るから、心を閉じていました。

ドイツの子供達


 先日、テレビ番組で、ドイツの森幼稚園で遊ぶ子供達が映っていました。ゲストの方達が、『ドイツの子供は大人びている』『個性がある』と、関心しきりでした。私も実際、ドイツで、いくつかの家庭に滞在し、幼稚園から、中学生の子達に接したり、3年間、16~30歳までの若者達と、机を並べたときにやはり『大人っぽい』と思いました。

 ドイツ人は、幼いときから、子供に一人の個として、接します。しかし、子供ですから、聞き分けのない事や無茶を言ったりもします。そういう時、親の教育の真価を問われます。ただ、頭ごなしに、『ダメ!』『イケナイ!』を言わず、子供の目を見て、ナゼだめか、ということを納得させます。その繰り返しです。そうやって、自我のある子供に育ち、(なので、たまに弁論負けしている親を見る)各自の個性を伸ばします。

 一概にアジア(もちろん日本を含む)は、子供をべたべたかわいがる傾向があると思います。それを、いい悪いというのでは、ありません。ただ、ドイツで『子供って結構、言えば聞くんだなー』と思いました。
 

すし・・・。



昨日はひな祭りでしたので、やはり『散らし寿司』だろう。とがんばって作りました。甘酒も、造ったのです。  甘酒って、不思議な飲み物ですね。このやさしい甘さは、普通のときには、別にほしいとは思わないけれど、寒くて小腹が減ったときは、温かくて、体に染み渡ります。

 散らし寿司・・・。昔から『なぜ後から全部混ぜるのに、具財を全部別々に煮なきゃいけないんだ?めんどくさいナー』と料理本を見ながら思っていました。しかし、よく外国人に日本食やスシを振舞った折、『日本のゴハンは、口の中で、次から次へと、いろいろなものの味がする。そして、感触も興味深い。』『ウンウン。ぷちっと来てカリッと来て、じゅわー』(なに食べたんや?)それから、しみじみと、そういう目で、いろいろな日本食を食べて見ることにしたら、本当にそうでした。
 口に含んでまず来るあの、『スシ』の味。それから、ハスのシャキシャキ、干しシイタケの甘いうまみ、にんじんと揚げの柔らかな感触、薄焼き卵と、千切りきゅうりの香りと感触も、時折入ってきます。『こりゃすごいわ』と思いました。しかしまだまだ、母のような味にはなりません。
 こつは、何度も作ることですネ。

ガラス義眼


 みなさま。義眼をご存知でしょうか?病気や事故で、眼球をなくしてしまった人たちのために、替わりにはめるガラス製の、目です。
 ドイツでは、西部のラオシャという町に、工場と学校があります。普通のガラスには、鉛が含まれるため、直接人体に触れるこれらのためにはよくなく、この眼球のパーツのために特別にガラスを作ります。
 この技術もすばらしいもので、あらゆる目の色の人の、虹彩に合う様、さまざまな色の組み合わせがあります。白目に這う毛細血管や、ほんのり水色のところまで再現します。また、色だけでなく、その患者の目のくぼみのアールに合う様、さまざまな計算が必要となります。少しでも、圧迫感を感じると、負担になるし、かといって、ゆるくてもいけない・・・。
 ドイツの、普通の職業学校は、3年で終了ですが、ここは5年かかります。しかも、学校があるならまだましで、昔は家族にしか伝えず、地下で秘密裏に仕事が行われていたのです。
 
 日本にも、義眼協会(多分こういう名?)なるものがありますが、尋ねてみたところ、日本では、危険性を感じるので、今はすべてシリコンだそうです。では、ドイツでもシリコン?と思ったけれど、ガラス製の義眼を使っている人は、少数ながらいるそうです。やはりリアルさが勝るのでしょうか??

 また、剥製や、高級人形にはめ込む専用の、義眼やさんも、この町に工房があります。ヤギ、ウサギ、熊、鳥類・・・。いろいろな区別がなされています。

もし、興味をお持ちの方、人形などに使いたい。と思いの方が、おられましたらどうぞお知らせください。資料あります。
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